会社で働く従業員の健康管理において、産業医の存在は非常に重要です。産業医を置くことで職場環境も良好になり、健康障害を未然に防げるメリットもあります。
今回は、産業医の選任を検討している経営者や人事・労務担当者に向け、産業医選任の義務が生じる人数規模や法律について詳しく解説していきます。
産業医の選任義務や基準について法律とともに解説
- 産業保健
産業医の選任義務のポイント
産業医の設置に関する法令は、厚生労働省の「労働安全衛生規則」で定められています。事業場の規模・事業内容によって、産業医の種別や選任義務が異なりますので、最初に以下の内容をチェックしましょう。
従業員が50名以上になると産業医の選任が必要
従業員が50名以上の事業場では、産業医の選任・設置が義務付けられています。事業場の規模によって選任すべき産業医の種類は異なっており、従業員が50人以上999人以下であれば、嘱託による設置が可能です。
従業員が1000名を超えると専属産業医が必要
一方で、従業員が1000名を超える場合は専属産業医の選任が義務付けられます。また、有害物質の取り扱いや、危険な場所での業務を行う有害業務従事者が500名以上の場合も、産業医を専属にする必要があります。
事業場の従業員と選任する産業医の人数
選任する産業医の人数も、事業場の規模によって定められています。厚生労働省の「労働安全衛生規則」をもとに、産業医の選任ポイントをまとめると以下の通りです。
事業場規模(従業員数) | 産業医選任義務 |
---|---|
1人〜49人 | なし |
50人〜999人 | 1名以上(嘱託産業医も可) |
有害業務(※1)従事者の場合500人〜 | 1名以上(専属産業医の選任。嘱託産業医は不可) |
1000人〜2999人 | 1名以上(専属産業医の選任。嘱託産業医は不可) |
3001人〜 | 2名以上(専属産業医の選任。嘱託産業医は不可) |
(※1)労働者500人以上で専属産業医の選任が義務となる業務
〜引用〜
イ 多量の高熱物体を取り扱う業務及び著しく暑熱な場所における業務
ロ 多量の低温物体を取り扱う業務及び著しく寒冷な場所における業務
ハ ラジウム放射線、エツクス線その他の有害放射線にさらされる業務
ニ 土石、獣毛等のじんあい又は粉末を著しく飛散する場所における業務
ホ 異常気圧下における業務
ヘ さく岩機、鋲(びよう)機等の使用によつて、身体に著しい振動を与える業務
ト 重量物の取扱い等重激な業務
チ ボイラー製造等強烈な騒音を発する場所における業務
リ 坑内における業務
ヌ 深夜業を含む業務
ル 水銀、砒(ひ)素、黄りん、弗(ふつ)化水素酸、塩酸、硝酸、硫酸、青酸、か性アルカリ、石炭酸その他これらに準ずる有害物を取り扱う業務
ヲ 鉛、水銀、クロム、砒(ひ)素、黄りん、弗(ふつ)化水素、塩素、塩酸、硝酸、亜硫酸、硫酸、一酸化炭素、二硫化炭素、青酸、ベンゼン、アニリンその他これらに準ずる有害物のガス、蒸気又は粉じんを発散する場所における業務
ワ 病原体によつて汚染のおそれが著しい業務
カ その他厚生労働大臣が定める業務
引用:e-Gov法令検索「昭和四十七年労働省令第三十二号 労働安全衛生規則 第十三条」
事業場の労働者が50人に達すると産業医選任の義務が発生し、専属産業医は労働者1000人以上で1名・3001人以上で2名以上の選任が必要となる点が重要です。
なお、法人や事業の代表者は、産業医として選任できません。
事業場とは?
事業場とは、同一の住所において関連する組織の下で作業を行う場を指します。産業医は、この事業場の労働者数を基準にして選任されます。位置の離れた作業場は別の事業場と見なされるため、企業と混同してはいけません。
加えて「労働者」とは、正社員はもちろんのこと、派遣・パート・アルバイトの方々も含まれますので注意しましょう。
選任する産業医、嘱託と専属の違い
前項でも登場しましたが、産業医は 一般的に呼ばれる「産業医(嘱託産業医)」と「専属産業医」の2種類に分けられます。
ここでは、嘱託産業医と専属産業医それぞれの特徴を解説していきます。
嘱託産業医とは
嘱託産業医は、常時50人から999人の労働者がいる事業場で選任が義務づけられている産業医です。後述する専属産業医との違いは、主に会社との関わり方や働き方にあります。
嘱託(しょくたく)とは、大まかに言えば「非常勤」の形態のことです。あらかじめ業務内容や契約期間を定めておくのが特徴です。そのため正社員ではなく、非正規雇用契約・委任契約・請負契約・業務委託契約といった関わり方や働き方が当てはまります。
嘱託産業医は、産業医を本業として従事する医師もいますが、普段は病院や大学の研究室に勤務している場合が一般的です。事業場とは月に数回の関わりとなるため、専属産業医と比べると費用が抑えられます。
また、普段は臨床医として多くの患者に関わっているため多角的な視点を持っており、従業員や職場環境のさまざまな問題点にも気づいてもらいやすいというメリットもあります。
専属産業医とは
専属産業医とは、労働者が1000人以上いる事業場や、一定の有害業務に常時500人以上が従事している事業場で選任が義務づけられている産業医を指します。
大きな特徴は、事業場専属の産業医として勤務する点です。週4日から5日のフルタイムで契約されていることが多く、事業場で働く従業員とともに勤務します。
そのため、問題があればいつでも相談ができ、従業員の変化に気づいてもらいやすいというメリットがあります。嘱託産業医より報酬額は上がりますが、より良い健康管理を徹底するには必要不可欠です。
上述したように、労働者1000人以上で専属産業医1名の選任が必須ですが、労働者が3001人以上の場合には2名以上選任する義務がありますので注意が必要です。
産業医の選任届は14日以内に労働基準監督署に提出
産業医は選任義務の条件に達した日から14日以内に選任し、遅滞なく届け出る必要があります。厚生労働省で定められた「産業医選任報告」の書類を記入し、各地域の労働基準監督署へ提出しましょう。14日以内に選任しないと法律違反となり、罰則が課せられるため注意が必要です。
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産業医の選任届出の書き方、提出の流れ
ここまで産業医選任の義務や、種別についてご説明してきました。最後に、実際に選任する際の届出の提出までの流れを解説します。
選任届出の書類の入手方法
選任届出の書類は、大きく以下の2つの方法で入手・提出ができます。
1.厚生労働省のWebサイトからダウンロードする
総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医選任報告様式をダウンロードして記入可能です。出力したものを所轄の労働基準監督署へ提出します。
2.厚生労働省の入力支援サービスを利用する
「労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス」で便利に作成し、e-Govというサービスで電子申請が可能になります。e-Govを利用しない場合は出力し、同様に所轄の労働基準監督署へ提出します。
産業医選任報告書の書き方
まず「総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医」の「産業医」の部分を丸で囲みましょう。また、2人以上選任する場合は右上の欄にページ番号を記入しましょう。
次に下記項目を記入していきます。
報告書類の主な記入内容は下記の通りです。事業場の情報のほか、産業医に関する項目もありますので事前に確認しておきましょう。
- ・労働保険番号
- ・事業場の名称
- ・事業場の所在地
- ・事業の種類:日本標準産業分類の中分類を記入します。
- ・電話番号
- ・労働者数:有害事業従事者がいる場合はその人数も記入します。
- ・産業医の氏名
- ・産業医の選任年月日
- ・産業医の生年月日
- ・選任種別:産業医の場合は5と記入
- ・専属の別(他の事業場に勤務している場合は、その勤務先)
- ・専任の別(他の業務を兼職している場合は、その業務)
- ・産業医の医籍番号…報告書裏面の表を参照し、種別の欄に選任要件のコードを記入します。
- ・前任者氏名(産業医交代の場合は記入する。)
- ・前任者の辞任、解任年月日
- ・参考事項:産業医を初めて選任した場合は「新規選任」と記入し、産業医の専門家名、開業している場合はその旨も記入します。
報告様式の裏面を参照し、抜けがないように記入しましょう。
提出にあたって必要なその他の書類
産業医選任報告書以外には、以下の書類を提出する必要があります。
- ・医師免許の写し
- ・産業医の資格証明書の写し
産業医として要件を満たしていることを示す重要資料であるため、忘れずに添付しましょう。
自社にあった産業医の選び方
産業医の探し先は大きく4つ
医師であれば誰でも産業医として選任できるわけではありません。労働安全衛生法第13条第2項で「労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識を有する医師」でなければならないとしています。具体的には労働安全衛生規則第14条第2項にある下記の要件のいずれかを満たしていなければなりません。
~引用~
一 法第十三条第一項に規定する労働者の健康管理等(以下「労働者の健康管理等」という。)を行うのに必要な医学に関する知識についての研修であって厚生労働大臣の指定する者(法人に限る。)が行うものを修了した者
二 産業医の養成等を行うことを目的とする医学の正規の課程を設置している産業医科大学その他の大学であって厚生労働大臣が指定するものにおいて当該課程を修めて卒業した者であって、その大学が行う実習を履修したもの
三 労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、その試験の区分が保健衛生であるもの
四 学校教育法による大学において労働衛生に関する科目を担当する教授、准教授又は講師(常時勤務する者に限る。)の職にあり、又はあつた者
五 前各号に掲げる者のほか、厚生労働大臣が定める者
引用:e-Gov法令検索 「昭和四十七年労働省令第三十二号 労働安全衛生規則 第十四条第二項」
これらの要件を満たし、かつ自社の企業規模や事業内容の知識がある医師を探すためには、産業医の選任に知見がある紹介先に相談する必要があります。
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産業医の探し方は?相談先の選び方とポイントを解説
産業医の業務内容は多岐にわたる
産業医は健康の保持増進や職場環境の改善について言及することでより働きやすい職場を作る役割を果たします。産業医のおもな業務内容は下記の通りです。
- ・定期的な健康診断の実施、その結果のチェック
- ・長時間労働者に対する面接指導
- ・ストレスチェックの実施、その結果のチェック
- ・作業環境の維持、管理
- ・健康管理や健康相談など健康の保持増進に関すること
- ・衛生教育
- ・定期的な作業場等の巡視
- ・休職、復職面談
- ・衛生委員会、安全衛生委員会への出席
定期的な作業場等の巡視や、衛生委員会のメンバーになること、健康障害を防止するための措置を講じることは義務化されています。ほかの業務に関しては、義務ではないものの、産業医に依頼することが好ましい業務です。 ストレスチェックの形骸化や健康促進の啓発の停滞など、自社が抱える課題の解決に適任な産業医を選びましょう。
産業医の業務内容について詳しくは下記をご参照ください。
▼参考資料はコチラ
厚生労働省「産業医の職務」
自社の課題に伴走できる産業医を探そう
自社にとって適切な産業医を見つける上で、自社のニーズへの正しい理解が重要となります。たとえば女性従業員が多い企業なら女性社員が相談しやすい産業医、シフト制を導入している企業なら睡眠や運動といったヘルスケアの知見がある産業医、といった選び方です。また、産業保健についての知識に自身がなければコミュニケーションがとりやすい産業医、といった選び方も可能です。
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