2025年度からの変更に向け、2023年6月に健康診断の検査項目の見直しが閣議決定されました。
実際に改正が行われれば2007年以来のことになります。
当記事では、現時点で検討されている見直しの観点について注目すべきポイントに絞って解説します。
メンタルヘルスや女性の健康に関する項目の追加など、近年の働き方を反映した内容も盛り込まれているので、是非とも理解しておきましょう。
2025年度からの変更に向け、2023年6月に健康診断の検査項目の見直しが閣議決定されました。
実際に改正が行われれば2007年以来のことになります。
当記事では、現時点で検討されている見直しの観点について注目すべきポイントに絞って解説します。
メンタルヘルスや女性の健康に関する項目の追加など、近年の働き方を反映した内容も盛り込まれているので、是非とも理解しておきましょう。
企業が従業員に対して年1回行う定期健康診断は、身長・体重や血圧、心電図の測定などを含む、計11項目の検査が義務付けられています。
この検査内容について、厚生労働省は2025年度を目途に見直しを検討しており、主に以下の観点で変更が加えられる可能性があります。
必要な見直し | 対象となる検査項目の例 |
検査項目の削除 | 胸部X線、心電図、空腹時血糖、喀痰、血清トリグリセリド |
検査項目の追加 | うつ病、C型肝炎、女性の健康に関連する項目 |
検査方法の変更 | 血圧、胃がん、肺がん |
検査間隔の変更 | 血中脂質、血圧、HbA1c |
対象の限定(年齢) | がん検診 |
対象の限定(リスク評価) | 骨そしょう症、慢性腎臓病 |
見直しの目的は「健康診断の合理化」であり、過去にも何度か行われています。
社会情勢の変化、疾患リスクの変化、エビデンスの蓄積によって、最適な検査方法は時代によって異なります。
▼参考資料はコチラ
葛西龍樹「健康診断項目の合理化等について」
先ほど取り上げた見直しの観点の中で、削除検討がされている項目例について詳しく見ていきましょう。
胸部X線検査は、肺結核の罹患率が現在の10倍以上だった1972年、当時は結核の早期発見を目的として始まりました。
結核が減った現在では、主に肺がんのスクリーニング検査として実施されていますが、その有用性は国際的に疑問視されています。
近年の研究では胸部X線検査による肺がん死亡率は減少しないとされ、欧米諸国の学会・機関はすでに低線量CT検査を推奨しているのが現状です。
CT検査はX線と比較して被ばく量が少なく、断面撮影ができるため、他の臓器と重ならず小さながん細胞も早期発見がしやすくなるといわれています。
上記のような理由から、肺がん検診における胸部X線検査は廃止が検討されています。
▼参考資料はコチラ
厚生労働省「2020年 結核登録者情報調査年報集計結果について 」
心電図検査(安静時心電図検査)では、心臓の電気信号を記録し、不整脈や血液循環の不良(狭心症)、心筋梗塞などの有無を調べます。
近年この検査は、若い世代やリスクの低い人に対して実施する意義が低いとされています。
電気信号を数秒間検出するだけなので、頻度の低い不整脈を捉えることはできませんし、心筋症や弁膜症など心臓の形に異常があるかどうか(構造的心疾患)の検査にもなりません。
胸部X線検査と同様、「有用性がない」という理由から欧米諸国では心電図検査は非推奨とされています。
日本においても、リスク群や年齢を区切らない定期健診に心電図検査を採用する意味はないとして、廃止するかどうかが議論されています。
▼参考資料はコチラ
社会保険労務士法人あすなろ人事労務室「2025年定期健康診断項目の見直しについて」
空腹時血糖は、最後にとった食事から10時間以上が経過した状態で測る血糖値です。
糖質を体内で処理する機能(糖代謝)を検査し、主に糖尿病を発見するために空腹時血糖を検査します。
しかし、空腹時血糖の検査だけでは、食後に高血糖になりやすい「隠れ糖尿病」を見過ごしてしまうおそれがあります。
これを解決するには、糖の摂取から2時間後の血糖を測るOGTT(糖負荷血糖検査)を実施する必要がありますが、日本の定期健診では採用されていません。
OGTTを健診に取り入れているアメリカは、空腹時血糖検査を含む糖尿病スクリーニングを高リスク群に絞り、3〜5年ごとに行う方針としています。
日本もこれに近い形で「毎年の空腹時血糖検査は不要であり、必要に応じてOGTTの実施をすべき」という方向性で検討がされているようです。
▼参考資料はコチラ
葛西龍樹「健康診断項目の合理化等について」
続いて、健康診断の検査項目見直しの観点の中で、追加検討がされている項目例について詳しく見ていきましょう。
うつ病は、気分の落ち込みや、不眠、食欲不振などが長期的に続き、自殺に至る危険性もある精神疾患です。
うつ病患者数は、1996年には約44万人程度でしたが、その後に急増し2008年には100万人を超え、以降も増加傾向にあります。
うつ病に限りませんが、メンタルヘルス問題は当人の健康を損なうだけでなく、生産性の低下や医療費の増加などの経済的損失にもつながる社会問題です。
2015年からは一次予防を目的とした「ストレスチェックの義務化(※)」が施行され、年1回の簡易調査と結果次第での産業医面談が実施されるようになりました。
これを一歩進め、健康診断の検査項目にうつ病が追加される可能性があります。
検査内容については具体的な情報は公表されていません。
しかし、過去にDSM-4などの診断基準による問診を健康診断で行い、うつ病スクリーニングの有用性を研究した例は存在します。
また最近の研究では、うつ病患者の血液中で特定の物質が低下するなど、うつ病を血液検査で客観的に診断可能な未来も示唆されています。
※従業員50人以上のすべての会社が対象
▼参考資料はコチラ
葛西龍樹「健康診断項目の合理化等について」
公立学校共済組合関東中央病院「メンタルヘルス不調(精神疾患)にも流行がある?~精神科診断にみられる流行について~」
日本経済新聞「社員の「うつ」、血液で見抜く 早期発見へ」(2014年4月13日付)
近年は女性の就業率上昇が進む一方で、月経(生理)や妊娠・出産など、女性特有の健康課題が生産性やキャリアに影響する問題について議論が深まっています。
この問題への対策の一環として、健康診断に女性の健康に関する検査項目を追加するアプローチが検討されています。
具体的には、問診票へのPMS(月経前症候群)、妊よう性、更年期症状などの項目追加や、閉経後の女性がなりやすい骨粗しょう症の検査の追加といった内容です。
この方針は2023年6月に決定した「女性活躍・男女共同参画の重点方針2023」(女性版骨太の方針)に盛り込まれています。
健診の見直しが実現すれば、ヘルスケアのサポートが手厚くなり、女性が安心して働ける社会環境がより整備されていくでしょう。
▼参考資料はコチラ
葛西龍樹「健康診断項目の合理化等について」
社会保険労務士法人あすなろ人事労務室「2025年定期健康診断項目の見直しについて」
TBS NEWS DIG「企業の「健康診断」 女性の就業率の上昇を受け検査項目の見直し議論始まる 2007年以来の改正に向け来年度までに結論」
今回検討されている健康診断の検査項目の見直しは、エビデンスを根拠とした無駄の排除と、社会の変化に適応する新たな検査の追加の2点に分かれます。
健診がアップデートされれば、それに伴い産業医・保健師の指導も変わっていきます。
多くの働く人にとって健康増進の期待値が高まると同時に、事業者側は制度の変化への対応と、より働きやすい環境づくりの整備が求められるようになるでしょう。
今後のために、企業と産業保健の連携をしっかりと強化していきましょう。