産業保健活動の重要性〜産業保健とは〜
まず、仕事には「コトが起きた時」に対応する仕事と「コトが起きる前」に対応する仕事の2つのパターンがあります。
通常病気やケガが発生すると、それを治すために医者や看護師、レントゲン技師など様々な医療従事者が関わって対応するでしょう。これが「コトが起きた時」に対応する仕事です。
一方、「コトが起きる前」に病気にならないように予防するのも我々、医療職の役割です。
その中でも「働く人が病気やケガをしないには何をしたらいいのか?」という観点で取り組むのが産業保健です。
また、産業保健には「病気やケガがおきないようにする」というマイナス面へのアプローチとプラス面へのアプローチの2種類があります。
マイナス面への働きがけとしては予防のほかにも、病気やケガから回復した人になにかしらのハンデがある場合について、労働と病気を調和させる「両立支援(ワークシックバランス)」があります。
プラス面への働きがけとしては「快適職場形成」が挙げられます。ただ来て働くだけの職場でなく、快適で楽しく労働ができる環境にするのも大切な要素です。
このように産業保健の守備範囲は広く、病気やケガに対する予防から快適な職場形成を担ううえで重要です。
産業保健のサポートは予防など目に見えない部分が多く、重要性が分かりにくいのです。そういう意味ではすごく地味ですが、大事な仕事です。
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日本企業の産業保健の課題感
労災を防ぐといった産業保健の目的を理解していないまま、法律で定められている義務だからという理由で産業医の設置や研修を行っている企業も多いと思います。企業が「健康経営銘柄」「ホワイト500」を目指すようになり、「健康経営」という言葉については徐々に認知が広がっているように感じますが、一方で「プレゼンティーズム」についての理解にはまだ、課題があるように思います。病気が労働に与える影響には、「プレゼンティーズム」と「アブセンティーズム」の2つがあります。
アブセンティーズムは仕事を休業している状態を指すため比較的理解されやすいのです。一方、プレゼンティーズムは働いているけれども生産性が落ちてしまっている状態を指します。
プレゼンティーズムによって企業が被る損失は大きく、これを出来るだけ減らす努力をしている会社は必ず利益をあげています。
労働人口減少が社会課題となっているなか、人手が足らず1人あたりの業務量は多くなり、責任は重くなる傾向にあります。昔と比べて、一人のパフォーマンスが落ちることへの全体の影響度が高くなっていることを認識しておく必要があるでしょう。
プレゼンティーズムへの取り組みの例として、花粉症の治療手当を出す会社が挙げられます。花粉症で鼻水が出たり目がかゆくなったり、ボーッとしてしまっている状態は生産性が高いとは言えませんよね。しかし、今までパフォーマンスが落ちてしまっていた人が治療を受けることによってパフォーマンスが上がれば、結果的には治療費以上の利益につながるでしょう。
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メンタル不調者への初期対応の重要性〜企業ができること〜
メンタル不調者への初期対応が重要な理由としては「重症化すると休む日数が延びること」と「本人の能力も下がること」などが挙げられます。 そもそもメンタルは心の問題と思われがちですが、実は脳の問題です。脳の機能障害が続いてしまうと脳が元々もっていた機能自体が下がってしまう恐れがあるのです。具体的には、「もの忘れが多くなる」「計算が遅くなる」などの影響が考えられます。
また、メンタルの不調は重症化すると再発化しやすくなるので、初期に対応することが大事です。
初期対応で求められる具体的な対応
メンタル不調者への初期対応として、大事なことは変化に気づくことです。 変化に気づく方法は2つあります。1つ目は自分で自分の変化に気づく「セルフケア」と、2つ目は自分で気づけない場合に周りや上司などに気づいてもらう「ラインケア」です。
セルフケアとして、変化の基準になるのが「眠れない」「食べられない」「楽しめない」の3つです。前に比べて眠れなくなった。全然食事していないのに食べられなくなった。以前だったら楽しめたことが楽しめなくなった。この3つが2週間から1ヶ月続いたらちょっと不調だなと感じてほしいです。
また、一時的な心的ストレスではなく、症状が持続しているかどうかに着目することも大切です。ラインケアとしては、「服装や身だしなみがしっかりしていた人がだらしなくなった」や「勤怠の乱れが続いている」などがサインになると思います。
一方で、リモートワークの影響で他の人の様子が見えづらくなっている部分も大きいと思います。特に新型コロナ流行後に入社された方は不安が大きいかもしれません。だからこそ、仕事上の「報連相」のみならず、雑談も気軽にできるような雰囲気を作ることが大切かと思います。
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長期就業者が増える職場づくり〜心理的安全性を高める〜
長く働き続けたいと思われるような快適な職場を作るためには、心理的安全性を高めることが大事です。誰もが自分の話を聞いてもらえる、受け入れてもらえる会社で働きたいですよね。
長期就業者が増える職場づくりとしては、心理的安全性を高めていくために会社としてまず何をすべきかという意識をもつことがとても大事だと思います。
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長期就業者が増えることによるメリット
長期就業者が増えるメリットとしては人材の確保が挙げられます。近年はジョブ型といった雇用の仕方もあり、会社で長く働くというより業務軸での人材の流動も考えられます。労働人口が減っているという中でさらにジョブ型のような考えも普及し始めると人材の確保は難しくなるでしょう。
そのため、労働環境が悪いという理由によるやむを得ない転職は企業として避けなければいけません。
職場の心理的安全性を高めるために企業担当者ができること
心理的安全性を高めるために企業担当者ができることは大きく2つあります。1つは多様な価値観を受け入れること。2つ目はコミュニケーションの取り方を考えることです。
日本は戦後復興の際に「寝ないで働け」という風潮が生まれ、「一人あたりの生産量・業務量を上げるべき」という考え方がありました。ところがその結果、今になってメンタルヘルスの問題がどんどん増えてきています。昭和初期までは、バブルの影響もあり頑張れば頑張った分豊かになるという認識が国民の間に根付いていましたが、今は色々な価値観をもつ人がいます。価値観がばらばらの従業員に、「うちの会社の価値観に合わせて頑張れ」というやり方は離職につながりかねません。そのため、個の価値観は尊重しつつ、企業観とうまくすり合わせていく必要があります。
また、コミュニケーションの取り方もちょっとした工夫で快適な職場づくりに活かせます。
例えば、3Dと呼ばれる「でも」「だって」「どうせ」という言葉を使わないようにしてみましょう。相手の話を否定したり遮断してしまうと心理的安全性は下がってしまいます。
まとめ|産業保健は人手が足りなくなる日本社会に必要不可欠
これからの日本社会は間違いなく人材が不足していきます。人が足りないけれど、限られたリソースの中で会社をまわしていかなくてはならない、利益を生み出していかなければならないのです。そのためには産業医を置いて、しっかりと産業保健に取り組んでいく必要があると思います。
取り組み方次第で、産業保健は企業に大きなメリットをもたらすということをご理解いただけたかと思います。単なる法律で定められた義務として産業保健に取り組むのはもったいないのです。 従業員が「仕事はちょっと大変だけど、この人たちと働いていたら幸せだ」と思える環境づくりを目指し、会社にとっても従業員にとってもWIN-WINな世界をつくっていきましょう。
<医師プロフィール>
平野井 啓一(ひらのい・けいいち)
株式会社メディカルリソース
WORKERSDOCTORSユニット顧問
日本産業衛生学会指導医
社会医学系専門医・指導医
日本産業衛生学会専門医制度委員
労働衛生コンサルタント(保健衛生)
公認心理師
(一社)日本アンガーマネジメント協会ファシリテーター/叱り方トレーナー/ハラスメント防止アドバイザー
(一社)日本ほめる達人協会特別認定講師
温泉ソムリエ
SBS東芝ロジスティクス株式会社本社統括産業医
他約20社の嘱託産業医を務める。
また実践的なパワハラ対策として、感情のコントロール手法としてのアンガーマネジメント研修やほめる管理職研修と数多く開催。