社会には、心身ともに健康で自らのパフォーマンスを十分に発揮しながら働ける人もいれば、何らかの病気を抱えながら懸命に働く人、あるいは働けない人などが入り混じっています。
近年の医療技術の進歩により、比較的多くが「命に関わる病気」から「長く付き合える病気」に変化しつつあり、さらに労働人口の高齢化が進むなか、職場において病気を抱えながら働く労働者は今後も増えることが予測されています。
そこで近年提唱されたのが「ワークシックバランス」という考え方です。
当記事では、ワークシックバランスの概要や提唱された背景、ワークシックバランスを考えるうえで重要な「IBD」という難病、病を抱えながら働く人が活躍できる環境づくりについて解説します。
ワークシックバランスとは?提唱された背景についても
ワークシック(work-sick)バランスとは、病気(sick)を抱えながらも自分らしく働く(work)ことを目指す考え方やそれに基づく取り組みです。
2020年にジョンソン・エンド・ジョンソンの医薬品部門(日本法人)であるヤンセンファーマ株式会社(以下、「ヤンセン」)が提唱したのがはじまりで、今後の発展に注目が集まっています。
もとよりヤンセンは、医薬品を服用する患者の疾患だけでなく、患者が直面する日常の課題にも寄り添う理念「Beyond Medicine(医薬品を超えて)」を掲げています。
関連する取り組みのひとつに、「IBD」と呼ばれる国の指定難病の患者を支援するプロジェクトがあり、これがワークシックバランス提唱の背景となります。
ワークシックバランスを考えるうえで重要な「IBD」とは?
「IBD(Inflammatory Bowel Disease:炎症性腸疾患)」とは、腸を中心とする消化管の粘膜に炎症が起きる病気の総称で、主に潰瘍性大腸炎とクローン病を指します。
発症すると、血便、下痢、腹痛、体重減少、発熱などさまざまな症状が表れ、長期に渡って寛解期(症状のない時期)と再燃期(症状が出ている時期)を繰り返すのが特徴です。
未だ原因が特定されておらず根治療法もありませんが、適切な治療で症状を抑えたり、病気になる前のような生活を送れたりする場合もあります。
2016年3月時点で国内のIBD患者は約29万人(潰瘍性大腸炎約22万人、クローン病約7万人)といわれ、潰瘍性大腸炎は20代、クローン病は10~20代で発症することが多く、いずれも働き盛りの世代です。
命に関わる病気でないからこそ、長く続く症状と闘いながら社会生活を送っている方はたしかに存在します。
そういった方達が働きやすい社会基盤を作っていくためにも、ワークシックバランスは重要な考え方なのです。
▼参考資料はコチラ
難病情報センター「潰瘍性大腸炎(指定難病97)」
難病情報センター「クローン病(指定難病96)」
現状はワークシックバランス推進に障壁がある
IBDの患者に対するワークシックバランスには、未だ障壁が存在するのが現状であり、その核心にあるのは「周囲の理解を得にくい」という課題です。
働く前であれば「疾患を理由に不採用とされないか」「自分の疾患に職場の理解が得られるか」と気にかかり、働き始めても「職場の上司や同僚・人事に持病のサポートを相談しにくい」といった悩みを抱える方は実際に多くいます。
2020年10月、ヤンセンは全国の就労中の男女1000人を対象に「仕事と病の両立」に関する実態調査を行ったところ、次の事実がわかりました。
- ・通院が必要な持病を持ちながら働く人は316人
- ・仕事による治療への影響、持病による仕事への影響があると回答した人は約20~30%
- ・IBD患者はそれぞれの影響が他の持病の患者全体と比較して相対的に割合が高い
- ・職場の上司や同僚・人事に持病のことを詳しく伝えていると回答した人は約20~30%
つまり、持病と付き合いながらの仕事について悩んでいたり、周囲に持病のことでサポートを求めにくいと感じていたりする労働者が一定割合で存在するのです。
とりわけIBDは症状が周囲からわかりにくい点や、腸の疾患のため周囲に伝えにくい点などが、周囲の理解を得にくい要因となっています。
実際にIBDの症状について知っている人は、一般社会人の6.4%、企業の人事・総務関係者でも16.4%にとどまり、疾患認知は低い状況です。
また、同じ調査で8割以上の方がワークシックバランスの重要性に共感する一方、実際に自身の会社がワークシックバランスの実現を推進していると考える人は約半数にとどまりました。
▼参考資料はコチラ
ヤンセン、「仕事と病の両立」実態調査で8割以上が「ワークシックバランス」の重要性に共感したことを発表 働く日本人の3人に1人が持病を抱えている | Janssen Pharmaceutical KK
病を抱えながら働く人が活躍できる環境づくりとは
ワークシックバランスの第一人者であるヤンセンは、IBDという難病を抱えながら「自分らしくはたらく」思想を広めるための「IBDとはたらくプロジェクト」を立ち上げました。
このプロジェクトでは、民間企業や大学と連携しながらのイベント開催や、IBDを抱えながら働く人の就労事例の紹介、さらに職場での病気の理解やコミュニケーションを進めるツール「病と仕事両立サポートブック」の開発と無償提供など、さまざまな取り組みが行われています。
そこで、「病と仕事両立サポートブック」に記載される「働きやすい職場環境のポイント」について見てみましょう。
IBD患者の場合、職場内で以下の理解や配慮があると働きやすいといわれています。
- ・トイレに行きやすい(突然の腹痛などに対応可能)
- ・服薬や体調管理に必要な休憩を確保しやすい
- ・体調悪化時や通院のために、休暇をとることができる
- ・飲食物の制限に理解が得られる(飲み会など)
- ・上司や同僚などに気軽に相談でき、病気に対する周囲の理解を得やすい
- ・フレックスタイム制・時差勤務など、柔軟な働き方ができる
このように、患者の発症時あるいは入院時のサポート体制が事前に組まれていると、安心して働ける環境を構築しやすくなります。
また、働けない時間に対する不安を払拭するには、働いている時間単位ではなく、内容や能力で評価する体制があるとなお良いでしょう。
こうした配慮のある企業は、多様性を受け入れる風土があると評価され、病を持つ人以外にも働きやすさを感じてもらえるかもしれません。
▼参考資料はコチラ
IBDとはたらくプロジェクト|IBD LIFE
ヤンセンファーマ株式会社「病と仕事 両立サポートブック」
まとめ
ワークシックバランスの提唱からはまだ日が浅く、なかなか一般的な理解が得られていないのが現状ですが、普及に向けた取り組みは少しずつ始まっています。
病と闘いながら働く人をサポートするためには、まず周りがその疾患について理解を示すのが最も重要です。
そして個人にはじまり、企業や地域、国へと理解が広まっていき、ワークシックバランスが社会にとって当たり前となる時代が望まれます。
いずれ企業は、ワークシックバランスを前提とした職場環境の構築や産業医との相談窓口の設置、福利厚生制度の設定などが求められるようになるでしょう。
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