現場での事故や過労死、精神疾患などをはじめとする労働災害は、認定された企業によって保険料率のアップやイメージダウンなどのダメージが大きいだけでなく、労働者の生命や健康を脅かす重大なリスクです。
労働災害を防止するために必要となる対策はいくつかありますが、なかでも重要なのが「安全衛生教育」です。
今回の記事では、安全衛生教育の重要性や教育を実施する目的・タイミングによって分かれる種類、効果的に教育を実施するための参考事例について解説します。
現場での事故や過労死、精神疾患などをはじめとする労働災害は、認定された企業によって保険料率のアップやイメージダウンなどのダメージが大きいだけでなく、労働者の生命や健康を脅かす重大なリスクです。
労働災害を防止するために必要となる対策はいくつかありますが、なかでも重要なのが「安全衛生教育」です。
今回の記事では、安全衛生教育の重要性や教育を実施する目的・タイミングによって分かれる種類、効果的に教育を実施するための参考事例について解説します。
安全衛生教育(労働安全衛生教育)とは、労働者が安全で衛生的な業務ができるようにするための教育です。
正確には安全教育と衛生教育の2種類に分かれており、それぞれの内容は次のようになります。
・安全教育:事故や怪我の発生を防ぐために必要な知識や技術、心構えなど
・衛生教育:職業病の発生を防ぐため、もしくは心身の健康状態を保つために必要な知識や方法など
これらは別々に実施する場合もあれば、安全衛生教育として一括りに実施する場合もあります。
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安全衛生教育を行う本質的な目的は「労働災害の防止」です。
労働災害防止のためには、労働者を指揮・監督するマネジメント層やリーダー層、そして労働者自身も含めて、業務を遂行するうえで特に注意すべき安全衛生に関して理解してもらう必要があります。
これによって労働者や作業従事者の安全や健康を守り、労働災害など企業にとってのリスクも防止するメリットに繋がります。
設備や作業環境に対して物理的に整備・改善といった対策を行うだけでなく、安全衛生教育のように労働者の意識に働きかける人的な対策も重要なのです。
安全衛生教育はすべて内容が同一なわけではなく、次の6種類に分かれます。
種類 | 区分 | |
1. | 雇入れ時の教育 | 義務 |
2. | 作業内容変更時の教育 | 義務 |
3. | 特別の危険有害業務従事者への教育(特別教育) | 義務 |
4. | 職長等への教育 | 義務 |
5. | 安全衛生管理者等への能力向上教育 | 努力義務 |
6. | 健康教育や健康保持増進措置 | 努力義務 |
これらの教育を規定するのは、労働安全衛生法(以下、「安衛法」)や労働安全衛生規則(以下、「安衛則」)といった法令(あるいは関連する告示・公示・通達)です。
それぞれの教育内容は、根拠となる法令や条項の違いによって、実施が義務と努力義務のどちらに当たるのか、実施の目的やタイミング、対象者などが異なります。
とりわけ、実施が義務の教育、あるいは努力義務があるなかでも強制参加の教育の場合、教育に使う時間は労働時間として数える点には注意が必要です。
それでは、種類ごとの安全衛生教育について詳しくみていきましょう。
企業(使用者)は、新たに従業員を雇入れたとき、あるいは従業員の作業内容が変わるときには、対象となる従業員が従事する業務に関する安全衛生教育を実施する義務があります。(安衛法第59条、安衛則第35条)
この2点の教育については、実施するタイミングが異なるだけで、新しい環境を目の前にする労働者を対象としている点や、主な教育の内容は基本的に同一です。
【教育の内容(安衛則第35条より)】
基本的な安全衛生教育の内容は、以下のとおりになります(労安衛則35条)。
1. 機械、原材料などの危険性又は有害性及びこれらの取扱い方法 2. 安全装置、有害物抑制装置又は保護具の性能及びこれらの取扱い方法 3. 作業手順 4. 作業開始時の点検 5. 当該業務に関して発生するおそれのある疾病の原因及び予防 6. 整理、整頓及び清潔の保持 7. 事故時等における応急措置及び退避 8. そのほか、当該業務に関する安全又は衛生のために必要な事項 ただし安衛法施行令2条3号によれば、機械設備や有害物質を取り扱う現場作業を伴わず、事務仕事が中心となる業種などにおいては1~4の内容は省略可能となっています。 |
特別教育(特別の危険有害業務従事者への教育)は、厚生労働省が指定する危険有害業務に従事する労働者に対して実施が義務付けられている安全衛生教育です。(安衛法第59条第3項)
特別教育を必要とする業務については、以下のようなものが挙げられます。
【厚生労働省が指定する危険有害業務(安衛則第36条より)】
・アーク溶接機を用いて行う金属の溶接、溶断等の業務 ・対地電圧が50ボルトを超える低圧の蓄電池を内蔵する自転車の整備の業務 ・最大荷重1トン未満のフォークリフトの運転の業務 ・制限荷重5トン未満の揚貨装置の運転の業務 ・機械集材装置の運転の業務 |
ただし、同様の業務の経験者や特別教育を受講済みの労働者などに対しては、特別教育の省略が認められています。(安衛則第37条)
また特別教育の場合、受講者や教育の科目などの記録を作成し、最低でも3年間保存しなければなりません。(安衛則第38条)
記録された教育の内容は、労働災害が発生してしまった際、企業がどれだけ安全配慮義務に尽くしていたかを判断するポイントになります。
記録義務のない特別教育以外の場合であっても、記録は定例的に実施した方がよいでしょう。
職長等への教育とは、班長や作業長といった現場での第一線監督者に新たに就任する者に対して義務付けられる安全衛生教育です。(安衛法第60条)
対象となる業種は政令(安衛施行令19条)で指定されており、電気業、ガス業、自動車整備業、機械修理業となります。また、令和5年4月1日に政令が改正され、食料品製造業、新聞業、出版業、製本業および印刷物加工業が追加されました。
教育内容は、主に作業方法の決定や作業者の配置、労働者の指導や監督、危険性や有害性の調査や措置など、現場の安全衛生を主導するために必要な事柄が含まれます。
対象の職長が安全衛生責任者と兼任となる場合は、同時に安全衛生責任者の職務等について教育を実施することも可能です。
また、教育のタイミングは初任時だけでなく、約5年ごともしくは機械設備などに変更があった場合にも、実施するのが望ましいとされています。
能力向上教育は、安全衛生業務に従事する者の能力を維持・向上させるため、対象者へ実施する安全衛生教育であり、企業の努力義務とされています。(安衛法第19条の2)
安全衛生業務に従事する者は、次のような職務が該当します。
・安全管理者 ・衛生管理者 ・安全衛生推進者 ・衛生推進者 ・作業主任者 ・安全衛生管理者 ・その他の安全衛生業務従事者 |
主に労働災害の動向や技術革新の進展、経済情勢の変化などを学び、これらに対応しつつ現場での安全衛生水準を向上させるのが目的です。
基本的に対象者には初任時に教育を行い、その後も定期教育や大きな作業替えが生じた際の随時教育があります。
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厚生労働省「能力向上教育(安全衛生キーワード)」
上記5つは、危険や健康被害を伴う現場における安全衛生教育の側面が強いといえます。
安衛法第69条では、労働者のメンタルヘルスの問題も含めた健康教育や健康保持増進を図る措置を努力義務として規定しています。
健康教育は、労働者一人ひとりが自身の健康について関心を持ち、自ら健康を獲得・維持できるようにサポートする取り組み全般です。
そして健康保持増進措置(THP)は、健康教育を具体的に実施するための次のような措置です。
・健康測定:健康診断とその結果に基づく指導 ・運動指導:運動実践の指導援助 ・メンタルヘルスケア:ストレスに対する気づきや解消への援助・指導 ・栄養指導:個人の食生活や食習慣の評価と改善・指導 ・保健指導:睡眠や喫煙、飲酒などの指導・教育 |
こうした指導・教育は、衛生教育に強い保健師や産業医が中心となって行います。
労働災害にはいわゆる「過労死」とされる脳・心臓疾患や、精神的な負荷を原因とするうつ病などの精神疾患も対象になる可能性があります。
「働き方改革」が国策として打ち出されている現状、労働者の健康に関する教育は今後より重要になっていくでしょう。
効果的な安全衛生教育を実施するためには、既存の企業の取り組みを参考にするのも一つの手段でしょう。
そこで、厚生労働省長野労働局が好事例として取り上げている実際の企業の取り組みから、効果的な内容をピックアップしてご紹介します。
社内で実施する自主的な安全衛生教育は、年間の活動計画や実績管理表に基づいた実施が効果的です。
実施すべきタイミングを整理し、実施後は長期的かつ継続的な人材育成のため、労働者ごとに実施内容を記録していけば、以後の安全衛生管理等に活用できるサイクルも生まれます。
厚生労働省長野労働局の好事例には、作業の危険を疑似体験してもらうことにより、危険感受性向上教育を図った事例が紹介されています。
建築業の企業では、建築現場で過去発生した死亡事故で多い状況を再現した10のシチュエーションをVR映像で用意し、従業員にヘッドマウントディスプレイを使って危険を疑似体験してもらう教育を実施しました。
また、製造業の企業では、機械の巻き込まれ事故の危険性を理解してもらうため、災害発生状態を実際に体験する「巻き込まれ体験装置」を設置。
軍手が機械に巻き込まれる状況を目の前で疑似体験してもらう教育を実施しました。
安全衛生教育には伝え手が必要であり、多くはセミナーでの講話が伝える機会の筆頭として挙げられます。
担当する講師は、受講者に関連のある業務についての最新知識や、産業医学に関する幅広い知識を持った人材を採用し、意義のある講話を実現するのが望ましいでしょう。
たとえば、現場ならではの安全衛生に詳しい安全衛生管理者や、メンタルヘルスについて見識が深い保健師や産業医を講師に招いたり、セミナーを開催する団体に委託したりと方法はさまざまです。
▼参考資料はコチラ
出典:「職場における安全衛生教育の好事例」(長野労働局)
安全衛生教育は、労働者の意識に働きかける人的な安全衛生対策です。
安全装置や安全柵といった物理的な対策も重要です。そこからさらに、その庇護下にある人間の危険と安全への認識によって、総合的なリスクへの効果は大きく変わってきます。
物理的・人的な対策を両方とも徹底し、企業のイメージや労働者の命と健康を脅かす労働災害をなくしていきましょう。
また、業務に使われる技術は日々進歩しており、新たな機械設備や化学物質が登場する分、これを原因とした労働災害が生じるリスクも高まります。
そのため、企業は安全衛生について最低限の教育を実施するだけでなく、日々高まるリスクに対応するために水準の向上を図る要請もあるのです。