労働者の健康は、本人によってすべて保持・管理されるものではなく、雇用する事業者側にも一定の取り組みが求められます。
それでは、事業者の立場で労働者の健康づくりをどのように支えていけば良いのでしょうか。
当記事では、その具体的なガイドラインとなる「THP(トータル・へルス・プロモーションプラン)」の概要やTHPを推進する目的、具体的なプロセスについてコツを交えながら解説します。
労働者の健康は、本人によってすべて保持・管理されるものではなく、雇用する事業者側にも一定の取り組みが求められます。
それでは、事業者の立場で労働者の健康づくりをどのように支えていけば良いのでしょうか。
当記事では、その具体的なガイドラインとなる「THP(トータル・へルス・プロモーションプラン)」の概要やTHPを推進する目的、具体的なプロセスについてコツを交えながら解説します。
THP(トータル・へルス・プロモーションプラン)とは、全ての労働者を対象とした、「心とからだの健康づくり運動」の総称です。
運動に関する詳細の内容は、厚生労働省が策定した「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」に記載されています。
これをガイドラインとして、企業は従業員のためにTHPを推進していく必要があります。
労働安全衛生法にも明記されるように、労働者の健康保持増進に向けた計画的かつ継続的な取り組みは、事業者の努力義務です。(第69条の1および第70条第2項の1)
THPは、上記努力義務を果たせるような、労働者の健康保持増進のための具体的な方法として策定されています。
したがって、THPの推進はコンプライアンスの観点以上に重要な意味を持ち、従業員の健康被害の防止や健康状態の向上、職場環境の改善といった目的を達成するための手段だと考えましょう。
これがひいては生産性向上、休職・離職・労災による人的損失の防止、医療費の削減など、企業にとって多くのメリットにつながるのです。
▼参考資料はコチラ
厚生労働省『働く人の心とからだの健康づくり(THP)とは』
それでは、なぜ今THPが各企業に注目されているのでしょうか。その背景を解説します。
近年、定期健康診断における有所見率(健康診断項目で異常が見つかった人の割合)が上昇しています。厚生労働省の「定期健康診断結果報告」によると、2021年の有所見率は58.7%で、6割に迫りました。
また、特定保健指導についても、2024年度より第4期特定健診・特定保健指導が開始され、アウトカム評価の導入をはじめとした成果重視の指導が行われるようになります。詳しくは下記記事をご覧ください。
▼関連記事はコチラ
【特定保健指導が変わります】第4期の変更点やアウトカム評価について解説!
労働者の健康保持増進において、重要なのは身体の健康だけではありません。近年では、従業員に対するメンタルヘルス対策が企業を評価するひとつの指標にもなっており、予防とケアの両面から対応が求められています。
▼関連記事はコチラ
企業が取り組むべきメンタルヘルス対策の内容と導入のメリット
続いて、THP(トータル・ヘルス・プロモーションプラン)を推進する手順について具体的に解説します。
大まかな流れは、次の通りです。
まとめると、達成目標や推進体制などを計画に盛り込んだ後、産業医が中心となって従業員の健康状態をチェック、その結果に基づいた健康指導を実施し、指導に基づいた実践活動を従業員各々で行ってもらうまでがTHPの1サイクルです。
このサイクルにフィードバックを加え、PDCAとして推進することで、計画や実施内容の質や精度を高めるのが望ましいでしょう。
ここからは、上記4つの手順について、それぞれ詳細の内容を解説していきます。
THP(トータル・ヘルス・プロモーションプラン)の中核をなす健康保持増進計画は、中長期的な視点に立って策定する必要があります。
計画に盛り込むべき要素は、主にTHPを推進する旨の表明や計画の目標、PDCAの具体的な推進方法や体制整備などの前提事項です。
計画を実質的に推進する「総括的推進担当者」は、衛生管理者や衛生推進者などから選任します。
また、健康測定や健康指導でそれぞれ役割を担う各種スタッフも、各分野に特化した人材をあらかじめ選任しておきましょう。
とりわけ、健康測定の中心人物となる産業医は、その後の指導の方向性を決める存在となるため、非常に重要なポジションとなります。
そのほか、各分野とそれに特化したスタッフの内訳は下表の通りです。
分野 | スタッフ |
---|---|
運動指導 | 運動指導担当者 |
運動実践 | 運動実践担当者(指導者が兼任する場合あり) |
保健指導 | 産業保健指導担当者(職場の産業保健師が兼任する場合あり) |
栄養指導 | 産業栄養指導担当者 |
メンタルヘルスケア | 心理相談担当者 |
選任したスタッフには、所定の研修(健康保持増進措置を実施するスタッフ養成専門研修)を修了させるなど、十分な養成を施しておくことが望ましいでしょう。
自社で専門のスタッフを用意できない場合は、外部のTHP専門機関に依頼する選択肢もあります。
中央労働災害防止協会の登録基準を満たした専門機関へ依頼し、THPを実施してもらいましょう。
計画の策定後は、適切な健康指導に進んでいくために、労働者の健康状態について現状を把握しなければなりません。
そこで実施する健康測定は、産業医等が中心となって行います。健康測定の項目は問診、生活状況調査、診察、医学的検査、運動機能検査などから構成されます。
基本的に生活状況調査と運動機能能査を除けば、年に一度の定期健診で代替可能です。
生活状況調査は、普段の生活サイクルや食生活のほか、健康に対する関心度などを合わせてアンケート形式で実施します。
運動機能検査については、筋力、柔軟性、敏捷性、平衡性など、必要に応じた機能の検査を任意に実施しましょう。
測定結果は産業医が評価し、次にどういった指導をすべきかを明確にする指導票が作成されます。
労働者の健康状態が明らかになり、指導が必要だと産業医に判断された場合、該当者には健康指導を実施することになります。
取り立てて健康状態に問題のない労働者であっても、本人が希望する場合は指導を実施して問題ありません。
健康指導には、「運動指導」「保健指導」「栄養指導」「メンタルヘルスケア」の4分野があり、それぞれに特化したスタッフが指導を担当します。
各分野の詳細については次に解説します。
運動指導は、主に体重増加(肥満)や体力低下、肩こりや腰痛、眼精疲労といった、主に運動不足に伴う問題を解消するために実施します。
ここでは、「運動指導担当者」や「運動指導実践者」が専門スタッフとして各自の運動指導プログラムの作成や、指導に基づく運動実践への援助を行います。
はじめはウォーキングやストレッチといった日常的に無理なくできる運動から提案されることが多く、それ以降は本人の希望でトレーニングやスポーツなどを本格的に取り入れていく流れが一般的です。
近年はテレワークで運動不足の労働者が増加傾向にあるため、法人向けのオンラインフィットネスサービスなどを利用するのも有効でしょう。
保健指導は、主に勤務形態や生活習慣に配慮した生活指導を中心とする分野です。
たとえば、生活状況調査で酒やタバコの一日の量や嗜む頻度が多ければ注意を促したり、睡眠時間が極端に少ない場合は勤怠状況の確認を含めた改善案を提案したり、といった取り組みが一般的です。
担当スタッフである「産業保健指導担当者」は、職場の産業保健師が兼任する場合もあります。
栄養指導は、食生活や食行動の評価と改善指導を中心とする分野です。
主に健康測定の段階で糖尿病や脂質異常症、高血圧といった生活習慣病や、その他所見が見られた労働者に対し、「産業栄養指導担当者」が指導を実施します。
食生活の指導だけでなく、社員食堂や食事手当などの福利厚生にも力を入れ、自社の従業員が食生活を改善しやすい環境を提供する取り組みも重要です。
メンタルヘルスケアは、職場の人間関係や私生活の悩みなど、さまざまな原因で起こるメンタルヘルスの不調について、予防・指導・治療を行う分野です。
ストレスチェックなどで高ストレス判定を受けた対象者に対し、「心理相談担当者」がカウンセリングを実施します。
メンタルヘルスは周囲から見えにくいだけでなく、本人すら自覚がないまま問題が深刻化しやすいデリケートな部分です。
そのため、ストレスに対する気づきのサポートや、ストレスを感じた際のリラクゼーションの指導といった、労働者が自ら対策できるように援助する方法が望ましいでしょう。
専門家からの指導に基づき、労働者は各自やるべき実践活動に取り組みます。
運動指導によってなるべく階段を使う習慣を実践したり、保健指導によって禁煙外来へ通ったり、栄養指導によって食堂の減塩メニューを選ぶようにしたり、方法は実践する人の数だけあるでしょう。
また、個人的な実践以外にも、部署内で週に数回ストレッチを実施する時間を設けたり、休憩室に血圧計や運動器具を置いたりと、集団での実践あるいは実践をサポートする環境づくりも効果的です。
そして、実践活動後のフィードバックを経て、冒頭の健康保持増進計画を見直し、1から4までのサイクルを繰り返しましょう。
グループ連結で約17万人の従業員を抱える企業Aは、本社の健康推進部が中心となり、各職場で課長職以上の健康リーダーを選任し、職場ごとの「健康アクションプラン」を作成・実施しました。また、独自の健康指標を導入することで健康度を見える化し、個々人の健康に関する気づきと行動改善のきっかけ提供に成功しました。
大手自動車メーカーの企業Bでは、8つの健康習慣改善(適正体重、朝食、間食、飲酒、運動、禁煙、睡眠、ストレス)に全社で取り組み、年に2回各部の部長に対して部員の「実践数の平均値」、「各習慣(8つ)の実践率」をフィードバックしました。過去の健診データを施策に活用することで、エビデンスに基づいた効率的な健康習慣改善を実現しました。
THP(トータル・ヘルスプロモーション・プラン)の取り組みは、労働者の生活習慣の改善や体力やメンタルヘルスの向上などにつながります。
労働者の目線では健康で働きやすい心身の維持、事業者の目線では生産性向上や人的資産の保護、企業イメージのアップなどのメリットが期待できます。
こうしたメリットを得るためには、健康づくりに関する専門知識を持つ優れた産業医との連携や担当スタッフ、あるいは外部機関の活用が重要です。