現在、企業による年に一度の健康診断の実施は法的に義務付けられている一方で、歯科健診は義務ではありません。そのため、実施している企業は少ないのが実状です。
しかし近年、歯の健康への意識が世界的に高まっており、日本でも歯科健診の2つの「義務化」が議論されています。
そこで当記事では、歯科健診が重要視されている背景や日本で進んでいる2つの「義務化」の内容について、労働安全衛生法の改正や国民皆歯科健診に触れながら解説します。
現在、企業による年に一度の健康診断の実施は法的に義務付けられている一方で、歯科健診は義務ではありません。そのため、実施している企業は少ないのが実状です。
しかし近年、歯の健康への意識が世界的に高まっており、日本でも歯科健診の2つの「義務化」が議論されています。
そこで当記事では、歯科健診が重要視されている背景や日本で進んでいる2つの「義務化」の内容について、労働安全衛生法の改正や国民皆歯科健診に触れながら解説します。
現在日本で歯科健診が義務付けられているのは、1歳半と3歳の幼児、そして高校3年生までの全学年のみです。
つまり、成人後の学生や社会人は歯科健診を受ける義務はありません。
しかし、近年では歯の健康が全身の健康に影響を与えるという見方が強まっています。
定期的な歯科健診は、年齢に関係なく健康寿命を延ばす上で重要であるとして、受診義務のない世代にも関心が集まっているのです。
このように歯科健診が重要視されている現状には、以下のような背景があります。
日本歯科医師会が設立した8020推進財団の調査によれば、歯を失う要因は「歯周病」と「むし歯」に大別されるとのことです。
これらの病気は口内の細菌繁殖によって引き起こされます。
そのため、放置すれば歯を失うばかりか、周囲の神経が腐敗し、腐敗した細菌が血管を通じて全身へ巡りさまざまなトラブルを引き起こす可能性があります。
その場合、顔の骨の変形や敗血病の原因となる顎骨炎であったり、心筋梗塞や脳梗塞、糖尿病といった重度の生活習慣病、アルツハイマー病など、深刻な健康被害へとつながるのです。
さらにサンスターグループの研究では、歯の本数が多い、または噛み合わせ状態が良好なほど、医科医療費が少ない傾向があると判明しました。
つまり、「歯科健診を通じて口内環境を良好に保てば、全身の健康維持につながる」という因果関係が諸研究によって明らかになったと言えます。
▼参考資料はコチラ
8020推進財団「歯を失ってしまう原因と対策」
サンスターグループ「『歯の本数が多く、かみ合わせが良いほど医療費が低い』サンスター、25万人の歯と医療費を分析した論文を日本歯科医療管理学会雑誌で発表」
前述の通り、歯の健康は全身の健康と深く関係があるとされています。
しかしながら、厚生労働省の調査では過去1年に歯科健診を受けた人は52.9%であり、2人に1人は過去1年以内に歯科健診を受けていないのが現状です。
そのため受診義務のない世代は、毎年の定期的な歯科健診で歯の健康を保つ必要性がかなり高いと言えます。
▼参考資料はコチラ
厚生労働省「平成28年 国民健康・栄養調査結果の概要」
歯科健診にまつわる1つ目の義務化は、2022年(令和4年)10月から施行された改正労働安全衛生法(以下「安衛法」)によって定められた、「有害な業務」に従事する労働者への歯科特殊健診です。安衛法は労働者の健康を守るため、事業者が果たすべき義務や努力義務を規定した法律です。
同法第66条第3項では、「有害な業務」に従事する労働者に対し、歯科医師による健康診断(歯科特殊健康診断)の実施を義務付けています。
そして、規模50人以上の事業場の場合、その実施結果を所轄労働基準監督署に報告する義務もあります。
しかし、2022年10月に施行された改正案では、上記の条項に変更が加わることになりました。
ここでは、改正のポイントとなる部分について補足します。
歯科健診が義務付けられる「有害な業務」とは、次のように規定されています。(安衛法施行令第22条第3項、労働安全衛生規則第48条)
“塩酸、硝酸、硫酸、亜硫酸、フッ化水素、黄りん、その他歯またはその支持組織に有害な物のガス、蒸気または粉じんを発散する場所における業務”
たとえば、化学工業、窯業・土石製品製造業、非金属製造業、メッキ工場などの従業員は、「有害な業務に従事する労働者」と判断されます
対象となる事業者は、歯科健診を次のタイミングで実施しなければなりません(労働安全衛生規則第48条)。
従来、歯科健診の実施を報告する義務は、常時50人以上の労働者が従事する事業者のみに課せられていました。
この事業規模に条件をつけている箇所が改正によって撤廃され、事業規模にかかわらず全ての事業者に対して報告義務が課せられるようになります。
したがって、業務に起因する歯科の健康被害について、これまで以上に正確な把握が求められるのです。
▼参考資料はコチラ
厚生労働省「労働安全衛生規則の一部を改正する省令案概要」
歯科健診にまつわる2つ目の義務化は、国が進めている「国民皆歯科健診」です。2022年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太の方針)」にて、口腔の健康に言及する箇所が見られました。
要約すると、言及されていたのは次の3点です。
3点目の「生涯を通じた歯科健診」が、一般的に「国民皆歯科健診」と呼ばれる制度の原型です。
国民皆歯科健診は、文字通り国民全員に対し、毎年の歯科健診を義務付ける内容の制度として検討されています。
国民皆歯科健診制度の目的は、単に定期健診で早期の口腔ケアを行うだけではありません。
2019年度の国民医療費統計によると、歯科診療医療費は約3兆150億円で、国民医療費全体(約44兆3,895億円)の約6.8%を占めています。
国民皆歯科健診が充実すれば、最終的には一人あたりの生涯医療費を削減できる可能性があるのです。
政府は2022年4月にプロジェクトチームを立ち上げ、国民皆歯科健診の2025年導入を目指す姿勢を示しているため、今後再び法改正が実施される可能性があります。
▼参考資料はコチラ
内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2022について」
もし国民皆歯科健診が導入された場合、従業員に対して毎年の歯科健診を実施する義務がほぼ全ての企業に生じるでしょう。
就業規則の変更や従業員への周知、労務管理上の実務対応など、企業側に求められる行動は多くなると見られます。
導入が決定してから動くのでは対応が後手になり、特に人事労務関連部署は大いにばたつく可能性があります。
先手を打つ意味でも、現段階から歯科健診の導入を想定・検討しておくと良いかもしれません。
また、健診結果から労働者の健康を正しく把握・改善するため、健診実施の際には健診の前後で産業医と連携し、適切な保健指導を行いましょう。
産業医を導入していない企業は、併せて導入を検討しましょう。
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産業医とは?役割や業務内容をわかりやすく解説
近年の口内と身体のつながりに関する研究がさらに進んでいけば、今後歯の健康はますます重要視されるでしょう。
そうなった場合、国民皆歯科健診の導入は濃厚であり、全企業に歯科健診が義務付けられることになります。
企業の人事労務担当者は、産業医など専門家とも連携しながら、歯の健康を含めた従業員の健康を適切に管理しましょう。
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