安全配慮義務とは
安全配慮義務とは
安全配慮義務とは、働く環境や状況において予測できる危険や健康障害を事前に発見し、労働災害(労災)や病気に発展するのを防ぐ対策を行うべきであるとして、企業側(使用者)に義務づけられているものです。安全配慮義務は労働契約法に明記されているものであり、義務を怠って労働災害が発生すると、企業は民事上の損害賠償義務が生じる場合があります。
安全配慮義務の範囲
安全配慮義務の対象者は雇用契約のある従業員すべてが適応範囲のため、正社員、契約社員、パート社員、アルバイトなどに限らず、働く人すべてに適応されます。また過去の裁判結果から、直接雇用ではない請負業者や派遣社員に対しても安全配慮義務が問われた判例もあります。
安全配慮義務を遵守するためのポイント
安全配慮義務を遵守して働く人の安全を守るためには、企業側の安全配慮への理解と具体的な対策が必要です。
具体的な対策は業種や作業内容により異なりますが、まずは安全に仕事ができる労働環境を整えるため、業務のどの部分にリスクが潜んでいるのか知ることから始めましょう。労働安全衛生法に記載がありますが、作業に使う機器の導入やメンテナンス、作業員への適切な指示や指導など、主に安全に安心して働ける労働環境の整備が含まれます。
また、定期的に健康診断やメンタルヘルス対策を実施したり、労働時間を管理し必要に応じて産業医面談などを手配したりするなど、健康面への配慮も含まれます。
企業側の配慮と同時に、安全配慮には労働者側にも自分の健康を守る自己保健義務が生じています。働く個人も決められた健康診断は受診し、作業で発生が予見できるリスクへの理解が必要です。 企業側、働く人の双方から安全配慮義務を守るという意識が必要です。
安全配慮義務違反した場合の罰則
労働契約法には安全配慮義務に違反した際の具体的な罰則はありません。一方、労働安全衛生法には罰則規定があり、労働環境の配慮や健康診断等の実施・管理がずさんな場合には懲役や罰金が課される場合もあります。また民事上の損害賠償義務や業務停止などの行政処分を受ける場合もあります。
安全配慮義務違反かどうか、その見極めポイントは?
従業員の病気やケガ、発生は予測できたか?
事前に病気やケガが発生することを予測できたかどうか、つまり「予見可能性」があったのに、適切な配慮をせずに、回避できなかったため損害が生じたという場合には、過失があるとみなされます。例えばうつ病で従業員が自殺した事案などでは、予見可能性があったかどうかが裁判で論点になります。
従業員の病気やケガ、企業はかかわっていたか?
病気やケガが、働いていた環境や作業によるものかどうか、因果関係があるかも安全配慮義務違反かどうかを見極めるポイントです。仕事内容と病気やケガに因果関係が認められた場合には、業務起因性があるといえます。
しかるべき義務を果たしていたか?
ただし、業務起因性があっても、企業側が安全配慮義務を果たしており、病気やケガの発生に労働者自身の故意が認められた場合には、安全配慮義務違反にならない場合もあります。
安全配慮義務違反に問われたケース 長時間労働が原因のうつ病発症
近年、長時間労働とうつ病の発症リスクとの関連性について、科学的根拠をもって関連性があると理解されつつあります。しかし、長時間労働とメンタルヘルスの関連性が検証されていなかった時代があります。過去に発生したいくつかの事件と裁判事例により、ようやく現在の理解へと進んだという側面があります。企業側の安全配慮義務違反により、うつ病を発症し自殺したと初めて判断された裁判事例を紹介しましょう。
いわゆる電通事件(2000年3月24日最高裁第2小法廷判決)で、長時間労働の末にうつ病を発症し自殺に至ったということで、家族が会社に対して損害賠償請求を行い、最高裁判決で予見可能性・因果関係・企業側の安全配慮義務違反の有無などが問われました。最終的には会社が約1億6,800万円の支払いで和解が成立していますが、うつ病や過労自殺について、安全配慮義務違反を認める主要判例となりました。
産業医選任が安全配慮義務違反のリスクを減らす
従業員50人未満の事業所でも産業医の選任により安全配慮義務が担保される
従業員50人未満の事業所にも安全配慮義務は課されていますが、産業医の選任義務は法律上ありません。しかし、義務はなくても、主に健康への配慮を担う産業医を選任することで、従業員の健康面への配慮や対策をご相談することができます。また環境管理や作業管理に関しても産業医が巡視することで、安全配慮義務が遵守されているかどうかの気付きを得られることが多くあります。
企業の規模に関わらず、産業医の知見を活用することがリスクマネジメントとなります。
安全衛生教育を適切なタイミングで実施
企業(使用者)の義務ばかり解説しましたが、実際に働く人にも、働く上でどのようなリスクがあるのかを理解し、自己保健義務を果たす必要があります。そこで大切なのが、安全衛生に関する社員向けの教育機会です。危険有害性に関する知識や対応する技能があれば労働災害などを防止できる可能性があります。
安全衛生教育の実施は、労働安全衛生法でも義務付けられています。以下が安全衛生教育の主なものにとなります。
- ●新入社員に対する教育
- (業種や企業規模、雇用形態、国籍に関わらず雇用入れ時に必ず必要)
- ●作業内容変更時の教育
- ●一定の危険な作業や有害な業務に従事させる場合に行う特別教育
- ●職長教育
- (従業員を指導する立場の人たちへの教育。令和5年4月1日より対象業種が拡大)
このほかにもあり、それぞれ教育事項や教育時間なども規定されています。
安全衛生委員会の設置
安全衛生委員会は一定の基準(業種や常時使用する労働者数)に該当する事業場で、労働安全衛生法に基づき設置が義務付けられています。委員会では、労働者の危険性や健康障害を防止するための対策などについて話し合い、具体的な対策を決定します。
特に衛生委員会には産業医を構成員として含める必要があり、安全配慮義務に関わる安全面、衛生面について議論します。産業医が入ることで、より具体的な対策などについての議論が深まり、衛生委員会の活動が充実することでしょう。
まさかの労災 安全配慮義務で損害賠償請求があったら
企業側の安全配慮義務違反があり、労働災害(労災)が発生した場合、損害賠償請求をされることがあります。通常は労災が起こった場合、労災保険によって治療費や後遺障害補償、通院費用、生活上の支援等がカバーされますが、すべての損害を補償するわけではありません。慰謝料や実際の損害額と労災保険給付との差額に関する賠償金は企業が負担する必要があります。
保険が支払われないケースとしては、業務外の事故や故意な行為、私生活でのケガなどがあり、補償は対象外です。また、一部の疾病や精神的な障害についても条件があります。企業は労災発生のリスクを最小限に抑えるために安全配慮義務を意識した適切な安全対策を事前に講じることが求められます。
まとめ:安全配慮義務違反による損害は甚大 産業医に相談を
安全配慮義務違反があると、企業には信頼失墜や法的責任の問題が生じてしまうだけではなく、大切な従業員を危険に晒してしまうことにもなります。業務における従業員の健康や安全を守ることは企業の重要な義務です。
産業医は専門的な知識のもと企業担当者とともに安全配慮義務、安全衛生管理、従業員の健康管理を行うことが仕事です。従業員の健康管理や労働災害の予防が適切に行われ、企業と従業員の双方がよりよいかたちで働ける環境を作り出せるようにアドバイスすることができます。ぜひ安全配慮義務の疑問を産業医にご相談ください。