企業がメンタルヘルス対策を推進するためには、「一次予防」「二次予防」「三次予防」の3つの予防が円滑に行われる必要があります。このすべての段階に密接な関わりを持つのが、管理監督者が行う「ラインケア」です。
特に健康経営を目標として掲げる企業は、重点的にラインケアに取り組む必要があります。 そこでこの記事では、ラインケアに関する概要・事例・メリット・留意点などを解説します。メンタルヘルスケア対策の一助として、ぜひ参考にしてください。
企業がメンタルヘルス対策を推進するためには、「一次予防」「二次予防」「三次予防」の3つの予防が円滑に行われる必要があります。このすべての段階に密接な関わりを持つのが、管理監督者が行う「ラインケア」です。
特に健康経営を目標として掲げる企業は、重点的にラインケアに取り組む必要があります。 そこでこの記事では、ラインケアに関する概要・事例・メリット・留意点などを解説します。メンタルヘルスケア対策の一助として、ぜひ参考にしてください。
厚生労働省「職場における心の健康づくり〜労働者の心の健康の保持促進のための指針〜」において、「4つのケア」のうちのひとつと定義されているのがラインケアです。「4つのケア」は、メンタルヘルスケア対策の基盤とされており、その中でもラインケアは、職場のライン(指揮命令系統)上において、管理監督者(経営者と一体的な関係にある立場の人)が主体となって実施するメンタルヘルス対策のことを指します。
まず前提として、事業者は「安全配慮義務」として、従業員が安全かつ健康的に働けるよう配慮する義務があります(労働契約法第5条)。事業者に代わり、現場でこの義務を遂行するのが管理監督者です。安全配慮義務には従業員のメンタルヘルス対策も含まれており、その一環として管理監督者は、従業員に対してラインケアを行います。
具体的なラインケアの内容として、管理監督者は、部下である従業員の日常状況を把握し、異変(普段と異なる行動)をいち早く察知するとともに、従業員からの相談に対応し、職場環境の改善に取り組みます。また、休職していた部下が職場復帰する際の支援も行います。
上記ラインケアの業務の中で最も重要なのは、部下の異変(普段と異なる行動)をいち早く察知することです。特にメンタルヘルス不調においては、本人が気付かない間に症状が進行する傾向が強いので、症状が軽いうちに状況や環境の改善を図る必要があります。
ラインケアにおいて、管理監督者が取り組むべき具体的な業務は下記のとおりです。
管理監督者は、部下の「普段と異なる」状態を見極めるため、常日頃から部下の「普段」の状態を把握しておく必要があります。例えば、部下に下記のような兆候が現れたら要注意です。メンタルヘルス不調のサインかもしれません。
ラインケアを担当する管理監督者の役割のひとつが、部下からの相談対応です。いつでも部下から相談を受けて構わないように、管理監督者は日頃から部下が相談しやすい、リラックスして話せる環境や雰囲気を整備しておくことが重要です。
部下から相談を受けたり、部下のメンタルヘルスの不調に気が付いたりしたときにまず必要なのが、じっくりと話せる場を持つことです。飲み会中や業務のついでに話を聞くのではなく、周囲に話を聞かれる心配がなく集中して話せる個室を確保しましょう。
相談中は部下の話に耳を傾け、理解を示すことが大切です。「そんなこと気にしなくていい」と部下の感じ方を否定したり、「こうすればいい」と解決策を示したりするのではなく、まずは「大変だったね」と共感するのがポイントです。「頑張ってね」や「大丈夫だよ」といった言葉は部下の悩みを軽視することになり、さらに追い詰めてしまう可能性があるので、使わないようにしましょう。
部下の話を聴く際には、1. まず相手を受け止める:相手に関心を持っていることを表情や態度で表す 2. 相手の立場に立つ:「もしも自分なら?」と考える。この順番を徹底します。こうした話の聴き方を「傾聴」と呼び、相手も心を開きやすくなります。決して部下の話を頭から否定してはいけません。
話を聴き終わったら、必要に応じて事業場内の産業医等や事業場外資源への相談を促します。万が一部下が抵抗を示したら強要はせず、「自分が代理で相談に行く」旨を部下に告げた上で、管理監督者自身が産業保険スタッフ等に直接相談し、指示を仰ぐことも可能です。
部下からの相談を自分だけで抱え込まずに、産業医など専門家の助けを借りれば、客観的で適切な判断を下せるでしょう。このように、積極的に部下と産業医をつなぐ役割を果たすことで、企業の健康経営を促進できます。
メンタルヘルス不調で休職した従業員が職場復帰した際の支援も、ラインケアにおける重要な役割です。復職者は、過去・現在・未来、すべてにおいて不安を抱えています。そんな不安を払拭すべく、管理監督者は復職者の緊張感をほぐし、職場に迎え入れましょう。この時、復職者は原則的に元の職場に復帰しますが、以前と同じような業務負荷をかけてしまっては疾患が再燃・再発する恐れがあります。
メンタルヘルス不調で休職した従業員が職場復帰した際の支援も、ラインケアにおける重要な役割です。復職者は、過去・現在・未来、すべてにおいて不安を抱えています。そんな不安を払拭すべく、管理監督者は復職者の緊張感をほぐし、職場に迎え入れましょう。この時、復職者は原則的に元の職場に復帰しますが、以前と同じような業務負荷をかけてしまっては疾患が再燃・再発する恐れがあります。
復職者には、主治医や産業医の管轄の下、健康状態に適切な業務を与え、都度状況を確認するようにします。メンタルヘルス不調の要因が職場内にあるようなら、部署の配置換えも有効でしょう。 また、復職後も定期的な面接などを行い、疾患の再燃・再発の兆候に気付いた際は、すぐに要因の排除に努めます。
ラインケアを強化するには、企業が管理職をサポートし、部下と円滑なコミュニケーションが取れるようにするための取り組みが不可欠です。
実際に企業が導入した取り組みの事例を2つご紹介します。
ある介護事業の事業場では、中間管理職がメンタルヘルスについて理解し、部下と円滑に関わるための研修を実施しています。
メンタルヘルス推進支援専門家及び日本産業カウンセラー協会のカウンセラーを講師として招き、メンタルヘルスの基礎理解から傾聴の方法、ストレス対処法に関する講義を中間管理職に受講させました。さらに、部下から相談を受けた場合に中間管理職としてどのように対応するべきか、自身は今どのような悩みや不安を抱えているのかについての面談も実施しました。
その結果、今まで部下から相談を受けたときに、適切な対応ができる自信がなく対話を躊躇してしまっていた職員も、研修を通して対話の重要性を意識し始め、いざ相談を受けた時の焦りや不安感が軽減されたとの声が上がっています。中間管理職が自信をもって部下と接するようになることで、上司と部下との間での対話が促進され、職場全体で悩みを共有しやすい雰囲気が作られるでしょう。
株式会社ベネッセコーポレーションは「ベネッセグループ健康宣言」を掲げ、従業員とその家族の健康維持に向けた様々な取り組みを実施しています。
その一環として、従業員が心や身体の不調について気軽に相談できる多様な相談窓口が設置されています。電話での健康相談サービスは24時間年中無休で受付可能で、対面でのメンタルヘルスのカウンセリングも年度5回までは無料で受けられるなど、従業員が気軽に利用できる仕組みとなっています。
メンタルヘルスに不調を抱える従業員だけでなく、「最近部下が落ち込んでいるようなのだが、どう対応すればいいかわからない」と言った上司からの相談も増えており、ラインケアの強化にも役立っています。
ラインケアの目的は、管理監督者である上司が身近な存在である部下(従業員)の心の健康を手厚くケアすることで、メンタルヘルス不調者を減らし、従業員が活き活きと働ける職場をつくることにありますが、その効果は様々です。
ラインケアが強化されると、部下は上司に気軽に相談ができるようになります。その結果、心身の不調を感じた際も、ためらわずにすぐ上司に相談ができ、症状が重い場合は早めに専門家の助けを借りられるでしょう。
心身の不調が早めに改善されることで業務中のミスや欠勤が減り、生産性が大幅に向上することが期待できます。また、身近に話を聞いてくれる上司がいるということだけでも、仕事に対するモチベーションの向上につながります。
上司は、ラインケアを実施することで、部下のメンタルヘルスの不調を早期発見・早期解決できます。メンタル面のサポートを通して、うつ病や適応障害などによる従業員の休職・退職も未然に防げます。
また、部下のメンタルヘルスの不調が緩和されることにより、上司自身のストレスや業務上の負担も緩和されることが期待できます。
厚生労働省が発表した、令和4年度「過労死等の労災補償状況」内の「精神障害に関する事案の労災補償状況」によると、令和4年度に仕事による強いストレスが原因で発病した精神障害による労災支給決定件数は710件で前年度から81件増加しています。
管理監督者がラインケアを行わなくても特に法的な罰則はありませんが、部下のメンタルヘルス不調を訴えてもそれに向き合わず、部下の症状が悪化すると最悪労災申請や訴訟に発展する可能性があります。ラインケアを適切に行うことで、そうした労使間のトラブルを未然に避けることができ、企業のリスクマネジメントにもつながります。
部下のメンタルヘルス不調を把握することで、現状の職場環境を把握するとともに、職場環境の改善にもつなげられます。職場環境とは、職場の明るさや温度などの作業環境をはじめ、人間関係などを指します。簡単に改善できる内容から、改善まで数年を費やす内容までありますが、一つひとつ改善することで、従業員のストレスが軽減され、働きやすい職場環境の実現に近づきます。
ラインケアが正常に機能すれば、従業員はストレスから解放され、心身ともに健康な状態で業務に専念できます。その結果、業務の効率も上がり、生産性も向上します。企業の医療費の負担も減少し、収益がアップします。このサイクルこそ健康経営の基盤であり、ラインケアは健康経営の促進にも直結します。健康経営が定着することで、企業のイメージアップや「健康経営優良法人認定制度」獲得も期待できます。
メンタルヘルスに関する相談には、センシティブな個人情報が多く含まれています。もし漏洩した場合は、信頼関係に亀裂が走るばかりか、出社拒否や訴訟問題にも発展しかねません。そのため管理監督者は、従業員の個人情報保護について厳格に配慮する必要があります。
また、管理監督者自身もストレスによりメンタルヘルス不調を招く可能性も十分にあります。セルフケアを徹底し、自身の不調に気付いたら産業医等に速やかに相談するようにしましょう。
一方、事業者は、管理監督者が適切なケアを行えるよう、ラインケアについての教育研修、情報提供を定期的に行う必要があります。研修の内容については、厚生労働省によるメンタルヘルスサポートサイト「こころの耳」内にある事業者用の研修ツールを参考にすると良いでしょう。
管理監督者が主体となって行うラインケアは、従業員が自らストレス状態に気づき、休養などセルフケアをうながすのをはじめ(一次予防)、産業医や社内の産業保健スタッフにつなげることで適切なアドバイスによりメンタルヘルス不調に陥るのを回避(二次予防)、そして、復職者の職場復帰支援(三次予防)にいたるまで密接に関わっており、企業がメンタルヘルス対策を推進するためには切っても切り離せないケアとなっています。
持続的な企業活動、健康経営を促進したい企業は、ぜひラインケアと、管理監督者の育成に重点的に取り組むことをおすすめします。
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