産業医は、職場環境や従業員の心身の健康維持や促進、改善する役割を担います。そのため産業医の業務は、健康診断結果の確認や職場巡視、安全衛生委員会への参加や衛生教育など多岐にわたりますが、その中でも重要な役割が心身の健康に不安を抱える従業員への面接指導(産業医面談)の実施です。産業医面談には、「休職・復職面談」、「保健指導面談」の他、事業者に実施義務のある「長時間労働者面接指導」、「高ストレス者面接指導」など様々な種類があります。
しかしながら、上司や人事担当者から産業医との面談を勧められた従業員が、面談を拒否するケースもあります。
本記事では、「長時間労働者面接指導」を中心に従業員に面談を拒否された場合、企業の対応方法について詳しく解説していきます。
医師(産業医等)による面接指導が義務付けられているのは、長時間労働者と高ストレス者
企業が従業員に対して、医師による面接指導を実施する義務は、労働安全衛生法の第六十六条に下記のように定められています。
“第六十六条の八 事業者は、その労働時間の状況その他の事項が労働者の健康の保持を考慮して厚生労働省令で定める要件に該当する労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による面接指導(問診その他の方法により心身の状況を把握し、これに応じて面接により必要な指導を行うことをいう。以下同じ。)を行わなければならない。”
(労働安全衛生法 第六十六条の八)
つまり事業者は、長時間の時間外・休日労働などをしている従業員に対して、
1. 労働時間の状況把握
2. 労働時間の通知及び面接指導受診指示
3. 事後措置
を実施しなくてはならず、医師による面接指導は2. にあたります。面接指導の義務の対象となる労働者は下記になります。
労働者(裁量労働制、管理監督者含む)
【義務】
1. 月80時間超の時間外・休日労働を行い、疲労蓄積があり面接を申し出た者
【努力義務】
2. 事業主が自主的に定めた基準に該当する者
研究開発業務従事者
【義務】
1. 月100時間超の時間外・休日労働を行った者
2. 月80時間超の時間外・休日労働を行い、疲労蓄積があり面接を申し出た者
【努力義務】
3. 事業主が自主的に定めた基準に該当する者
高度プロフェッショナル制度適用者
【義務】
1. 1週間当たりの健康管理時間が40時間を超えた時間について月100時間超行った者
【努力義務】
2. 1.の対象者以外で面接を申し出た者
さらに現在、50人以上の企業では、ストレスチェックを実施することが義務付けられています。その結果で「高ストレス者と選定され、面接を申し出た者」に対しても、面接指導が義務付けられています。
面接指導は、事業場の健康管理を担い、長時間労働者の報告を受けている産業医が実施することが一般的です。
産業医による面接指導は企業の義務。しかし、強制はできない
労働安全衛生法によって、企業は従業員の健康維持・管理をして、快適な職場をつくることが規定されています。前述したのは企業が面接指導を行うべき義務ではありますが、従業員に対して法的な強制力はありません。
安全配慮の一環として医師による面接指導を要するにも関わらず、実施しなかった場合は、安全配慮の義務違反となります。
そのため、従業員の面接指導拒否は、企業にとって頭を抱える課題となります。
従業員が産業医との面談を拒否する理由
従業員が産業医との面談を拒否する場合、どのような理由があるのでしょうか。拒否されたときに、企業としてスムーズに対処するために、まずはさまざまなケースを把握しておきましょう。
【 従業員が面談を拒否する理由 】
・忙しくて面談を受けている時間がない
・本人が面談を受けられる健康状態ではない
・産業医との面談をすることが人事評価に影響するのではないか、と不安を抱えている
・産業医に話した内容が上司や社内に漏れるのでは、と不安を抱えている
・過去に産業医と面談をした際に根本的に解決しなかった経験がある
・本人の主治医の診断に基づいて判断している
上記は代表例ですので、実際には従業員の数だけ理由や事情があります。そのため産業医面談を拒否された際には、まずは、理由を従業員へヒアリングし、悩み・不安を解消することが重要です。
産業医の面談を拒否された場合の対処法
次に従業員が産業医面談を拒否した場合の具体的な対処法を解説します。
面談内容には守秘義務があることを伝える
産業医との面談の内容は、守秘義務があるため、人事部や上司に共有されることはなく、面談は1対1で行われるため、社内に漏れることはありません。従業員は知らないケースが多いので、まずは決して社内に情報は漏れないことを伝えることで心理的負担を軽減することができます。
面談を受けるメリットを提示する
産業医の面接指導は、従業員の健康状態を確認し、健康で安全に労働に従事できるようにするもので、本来的には従業員本人にメリットがあるものです。また過重労働を早期に察知することもでき、休養などの措置も迅速に取ることができます。
そういったメリットを含め、従業員に対して「人事評価には影響しない、まずはあなたの体調が会社にとっても一番重要」といったメッセージを伝えることも重要です。従業員の抱える不安に寄り添いながら親身に接することが大切です。
面談を申し出やすいような環境づくりを行なう
従業員が自ら面談を申し出しやすい環境づくりも非常に重要です。人によってはそもそも産業医の存在や制度を把握していなかったり、「自分は面談を受ける必要がない」と思い込んでしまったりするケースもあります。そういったケースを回避するためには、企業側の情報発信も大切です。
どうしても面談を受けてくれない場合
それでも従業員が面談を拒否する場合、放置をしていると企業が安全配慮義務を果たしていないとみなされる危険があります。
まずは面談を勧めた事実を詳細に残すようにしましょう。日時や回数、従業員の拒否の文面も残すと良いです。またそれだけでは安全配慮義務を果たしたとは言えませんので、産業医の面接指導以外の手法を実施するようにしましょう。
面接指導までの大まかな流れ
長時間労働者が産業医による面接指導を受けるまでの流れを解説します。
労働時間の把握・従業員への通知
企業は労働者の労働時間を把握する義務があります。従業員の総労働時間、時間外労働、休日労働を取りまとめ、各従業員が確認できる状態にします。同時に月の時間外労働と休日労働が80時間を超えている従業員に対しては、通知を行います。同時に産業医による面接指導の申し出の受付を開始します。
産業医の面接指導の実施
面接指導を実施します。面接指導の実施の事実や内容が漏れることがないことを周知して、プライバシーを守ることを徹底しましょう。
産業医からの意見聴取と結果の記録
事業者は、面接指導を実施した従業員の健康を維持するために必要な措置を産業医から聞かなければいけません。また面接指導の記録を5年間保存する義務もあります。
事後措置の策定と実施
事業者は、産業医の意見をよく聞き、配置転換や労働時間の短縮、休職など従業員に対して必要な措置を実施します。
まとめ
従業員から産業医による面接指導を拒否された場合、まずは従業員本人から理由を聞き、不安や悩みを解消することから取り組んでみましょう。その際も、従業員を責め立てるのでなく、産業医面談のメリットや企業の対応を親身に説明することが大切です。
日頃から経営層が従業員の心身の健康を重要視していることをメッセージングすること、持続可能で働き甲斐がある職場づくりを心がけることが重要です。
今後も従業員が心身共に健康に働けるよう、産業医面談の推進に取り組んでみてください。
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